命の母ヒストリー - 命の母|小林製薬株式会社

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命の母ヒストリー

誕生〜明治・大正
昭和期〜平成になって

100年以上女性を見つめてきた命の母

昭和期

昭和に入ると、「命の母」はますます女性のためのお薬として親しまれるようになりました。当初は、生薬をお湯で煮出して飲む煎じ薬でしたが、生活様式の近代化にあわせて、昭和27年(1952年)には、手間のかからない「錠剤 命の母」が、昭和32年(1957年)には飲みやすい「糖衣錠 命の母」が発売になりました。「糖衣錠 命の母」は苦い生薬を飲みやすく糖類でコーティングした、はじめての婦人薬として、女性に受け入れられました。

昭和27年「錠剤 命の母」

昭和27年「錠剤 命の母」

また、この頃から、「命の母」はTVで積極的に広告活動をはじめます。カラーテレビの放映が始まった翌年の昭和36年(1961年)には日本テレビ「コロンビア・アワー」を、昭和39年(1964年)には人気番組「おやじバンザイ!」を提供、CMを放映することで、全国の女性に「命の母」の名前が知られ、人気が加速しました。

テレビ番組「コロンビアアワー」の大阪公開録画の模様。昭和41年 テレビ番組「おやじバンザイ」とのタイアップ広告。昭和30年代

テレビ番組「コロンビアアワー」の大阪公開録画の模様。昭和41年

テレビ番組「おやじバンザイ」とのタイアップ広告。昭和30年代


昭和32年「糖衣錠 命の母」

昭和32年「糖衣錠 命の母」

そして昭和42年、それまで「命の母」に使われていた生薬に、女性のからだに必要なビタミンを配合した「命の母A」が誕生します。明るいピンクの錠剤に、パッケージには「A」をアクティブにデザインしたこの製品は、この当時から家庭に仕事に忙しく活動しはじめた女性のお薬として受け入れられました。

昭和27年「錠剤 命の母」

昭和42年「命の母A」(写真は昭和48年のパッケージ)

また、昭和52年(1977年)には、生薬だけでできた白色の錠剤「命の母ホワイト」が発売になります。公害問題などが明るみになり、お薬に対しても敏感になってきた女性に対して、生薬だけの優しさを伝えたのがこの製品でした。

 

昭和32年「糖衣錠 命の母」


平成になって

女性の活躍の場がますます広がった現代社会。いきいきと輝く女性が増えている一方、複雑で多忙な環境のなかで、心身の不調を訴える女性も増えています。そこで、今を生きるすべての女性の健康にあわせて命の母もリニューアルしました。

まず、平成17年(2005年)に「命の母A」がのぼせや冷えなどの更年期障害を治すお薬として生まれ変わりました。ホルモンバランスが変化しておこる更年期の悩みに負けずに、いつまでも活動的でいたいと願う女性のためのお薬です。

命の母A

そして平成20年(2008年)、「命の母ホワイト」が「生理の不調の治療薬」として発売されました。20代から30代の女性特有の生理にまつわる症状にわずらわされることなく、どんな時も自分らしくいて欲しい、というメッセージが製品には込められています。

「命の母」が誕生してから一世紀以上経ち、女性を取り巻く環境は大きく変化しました。しかし、「命の母」に込められた「すべての女性を健康にしたい」という想いは時代を超えて今も受け継がれています。つらい症状を取り除き、女性が元気で過ごせるよう願っているのが「命の母」なのです。

 

命の母ホワイト
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