更年期に感じる心身の不調。その症状は人によって様々ですが、「最近、食欲がわかない」「食事がおいしく感じられなくなった」といった食欲不振も、更年期にあらわれやすい症状の1つです。その背景には、閉経に伴う女性ホルモンの変化が大きく関わっていると考えられています。今回は、更年期に起こる食欲不振の原因を紐解きながら、日常でできる食事の工夫や漢方薬を使ったセルフケアなど、つらい症状とうまく付き合っていくための方法について詳しく解説します。
※弊社から石原先生に依頼をし、頂いたコメントを編集して掲載しています。
女性にとって、大きなターニングポイントである更年期には、これまでに経験したことのない心身の変化や不調を感じることがあります。体に明らかな異常がないにもかかわらず、更年期に伴って不快な症状があらわれます。代表的な症状としては、ホットフラッシュやのぼせなどの「自律神経失調症状」、情緒不安定やイライラなどの「精神的症状」です。意外に知られていませんが、更年期の症状として食欲不振が起こることもあります。
食欲不振とは、食物を摂取したいという、人間が本来持つ生理的な欲求が弱くなったり、完全に喪失した状態のことをいいます。また、更年期症状においては、「身体的症状(消化器症状)」の1つとして捉えられています。
更年期には、とくに胃や腸に大きな病気が見当たらない場合であっても、この食欲不振の症状を経験することがあります。たとえば、胃腸の調子がすぐれず、食欲がなくなったり、食べ物の味がわからなくなり、食事を楽しめなくなったりすることがあります。
このような更年期の症状によって、体重減少や外出・活動への支障が出ている場合は、更年期障害と診断されます。
更年期になると、閉経に伴って女性ホルモンが急激に減少することで、女性の体と心に様々な変化や不快な症状をもたらすと考えられており、食欲不振もその1つです。
本来、女性ホルモンのバランスは、脳の視床下部という司令塔によって調整されています。この視床下部は、胃腸の働きなどをコントロールする自律神経系の働きも同時に調整する重要な役割を担っています。
ところが、更年期になり女性ホルモンが急激に減少すると、視床下部の機能が混乱し、その影響によって、自律神経のバランスも乱れがちになります。その結果、蠕動運動(食べ物を送り出す消化器の動き)が弱まり、消化器機能が低下して食欲不振や胃もたれなどが起こると考えられています。
ただし、この自律神経の働きは、女性ホルモンの減少以外にも、心理的・身体的なストレスによっても乱れることがあります。また、更年期に関わらず、運動不足や食事の偏り(朝食抜きや不規則な食事)、過度なストレスといったライフスタイルが自律神経や消化機能に影響を与え、食欲不振になることもあります。
食欲不振や胃の不快感は、更年期症状としてあらわれている場合もありますが、なかにはその背景に、何らかの病気が関係している可能性もあります。食欲不振の原因になる主な病気を解説します。
表:食欲不振になる病気
| 消化器の病気 | 慢性的な便秘や下痢のほか、胃・腸の炎症、胃潰瘍、逆流性食道炎などの消化器の病気があると、消化機能が障害され、食欲不振につながります。 |
|---|---|
| 甲状腺の病気 | のどぼとけにある甲状腺の機能が低下する「甲状腺機能低下症」 では、全身の代謝が落ち、消化管の動きも悪くなるため、食欲不振の症状が生じる場合があります。多くの場合、倦怠感やむくみ、無気力感などを伴います。 |
| 精神的な病気 | 強いストレスの影響やうつ状態などの心の不調があると、食欲をコントロールする脳の働きが影響をうけ、食欲を失ったり、味がしなくなったりして、食欲不振になることもあります。 |
これらの病気が見つかった場合は、それぞれ専門の治療が必要です。症状が続いているときや症状がひどいときは、「更年期のせいだろう」と自己判断せず、まずは医療機関を受診して、医師に相談しましょう。
病院で検査をしてもとくに異常がみつからず、食欲不振の症状が更年期によるものである場合は、自分の体をいたわるセルフケアが大切になります。女性にとって、更年期がホルモンの変化に適応していくための大切な過渡期であることを理解し、自分のペースで症状と向き合うことが大切です。
まず基本となるのは、十分な睡眠と休息を心がけ、規則正しい生活を送ることです。また、精神的なストレスは自律神経を乱し、消化器の不調につながりやすいため、ストレスの多い環境から距離をとり、ストレスを減らすことも大切です。
食欲不振や胃の不快感がひどいときは、無理をせず、次のような工夫をしてみましょう。
生活習慣や食事内容を見直しても症状が改善しない場合は、一般用医薬品や漢方薬などを取り入れるという方法もあります。たとえば、漢方薬は更年期に見られる女性特有の様々な心身の不調を整える効果が期待できます。
漢方医学では、更年期障害は「気・血・水」のバランスの乱れによるものと考えられています。「気」とは体と精神の活動に必要なエネルギー、「血」とは体をめぐり、栄養や老廃物を運ぶ血液、「水」とは不要なものを排出する体内の水分のことを指します。漢方薬はこの「気・血・水」のバランスを整えることで、症状にアプローチします。
漢方薬による治療には、体質そのものの改善を目指す「本治」というアプローチと、症状そのものをやわらげる「標治」という2つのアプローチがあります。
更年期障害の根本的な原因としては、ホルモンバランスの乱れという体質の変化が関わっていることから、本治のアプローチとしては次の3種が広く用いられています。
表1:更年期障害に対する本治のアプローチとして用いられる漢方薬
| 当帰芍薬散 (とうきしゃくやくさん) |
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|---|---|
| 加味逍遙散 (かみしょうようさん) |
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| 桂枝茯苓丸 (けいしぶくりょうがん) |
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一方、食欲不振の症状に対しては、その症状をやわらげる「標治」のアプローチとして、以下のような漢方薬が使用されることもあります。
表2:食欲不振に対する標治のアプローチとして用いられる漢方薬
| 六君子湯 (りっくんしとう) |
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|---|---|
| 補中益気湯 (ほちゅうえっきとう) |
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| 十全大補湯 (じゅうぜんたいほとう) |
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| 人参養栄湯 (にんじんようえいとう) |
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漢方薬を効果的に使用するためには、1人ひとりの体質や状態に合わせて選ぶことが大切です。漢方薬剤師などの専門家に相談し、自分に合った漢方薬を使用しましょう。ただし、これらのセルフケアを行っても、症状が悪化している、体重が減っているなどの場合は、医療機関を受診してください。
女性ホルモンが減少することで、自律神経が乱れて胃腸の活動が鈍くなり、食欲が低下すると考えられています。ストレスや生活習慣の乱れが関係していることもあります。
無理に食べようとせず、消化によい食品を選び、少しずつ食べてみましょう。薬味で食欲を促したり、楽しい食事の雰囲気を作ったりするのもよいでしょう
更年期に感じる食欲不振や胃の不快感は、主に女性ホルモンの大きな変動が引き金となって、自律神経が乱れることであらわれると考えられています。しかし、食欲不振のなかには、消化器系の病気などが隠れている可能性もあるため、症状がひどいときや、症状が続いているときは、まずは医療機関で原因を確かめましょう。
食欲不振が更年期の症状と診断された場合は、生活習慣の改善や食事の工夫をしたり、心身のバランスを整える漢方薬を試してみたりするのも有効な選択肢です。更年期の心と体をいたわりながら、この変化の時期を前向きに乗り越えていきましょう。