「生理が近づくと、どうしても甘いものが食べたくなってしまう」「ダイエットしたいのに、抗えないほどの空腹感に襲われる…」。生理前に食欲が強くなり、気づけば食べすぎていたという経験は、珍しいものではありません。この時期特有の食欲増進は、多くの女性が経験します。決して自制心が足りないせいではなく、女性の体で生じるホルモンの変化が関係していると考えられています。
なぜ生理前はこれほどまでに食欲が増すのか、過食してしまう仕組みやこの時期を健やかに過ごすための対処法を解説します。
産婦人科医・医学博士、丸の内の森レディースクリニック院長。「カリスマ産婦人科医」として、対応しうる限りのメディア出演、医療監修等で様々な女性のカラダの悩み、妊娠・出産、セックス・女性の性などに女性の立場からの積極的な啓発活動を行っている。
著書:「産婦人科医ママの妊娠・出産パーフェクトBOOK-プレ妊娠編から産後編まで!(メタモル出版)「産婦人科医宋美玄先生が娘に伝えたい 性の話」(小学館)
生理(月経)前になると、なぜか食欲が増して制御がむずかしくなり、過食してしまうことがあります。こうした食欲の変化は、多くの女性が共通して抱える悩みです。厚生労働省が18~49歳までのフルタイムで働く女性3,000人を対象に実施したアンケート調査では、過半数の女性が生理前に「食欲が増したり、特定の食べ物を食べたくなる」と回答しています。
このように生理前の食欲の増加は多くの女性が経験している現象です。しかし、その詳細な原因は医学的にはまだ完全には解明されていません。しかし、生理周期(月経周期)に伴う女性ホルモンの劇的な変化が主に関わっていると考えられています。
女性の体は約28日間の生理周期を繰り返しており、そのサイクルは2つの女性ホルモンの働きによってコントロールされています。1つは、生理が終わってから排卵までの時期に分泌が増え、子宮内膜を厚くする「エストロゲン(卵胞ホルモン)」。もう1つは、排卵後から生理が始まるまでの期間に分泌が高まる「プロゲステロン(黄体ホルモン)」です。
この生理周期の後半、次の生理までの約14日間を「黄体期」と呼び、この時期にはプロゲステロンの分泌が非常に盛んになり、その作用によって妊娠に備えて子宮内膜がより厚く、柔らかくなり、体温が上がります。海外の研究によれば、この黄体期には、実際にエネルギー摂取量が増えるという現象が報告されています。
さらに詳しいメカニズムの可能性としては、黄体期にはプロゲステロンの作用によって、糖を脂肪へと変換し、体に蓄える傾向が強くなります。そのため、体はさらに糖分を補給しようとして、強い空腹感や食欲が引き起こされるとも考えられています。
また、インスリン(血糖値を下げるホルモン)の効きも悪くなりやすく、血糖値のコントロールが不安定になることで、脳のエネルギー源である糖分を強く求めるようになるという指摘もあります。チョコレートなどの甘いもので血糖値を急激に上げようとするのは、こうしたメカニズムが関わっている可能性があります。
つまり、生理前の食欲は、本人の努力や気持ちの持ちようでコントロールできるものではありません。黄体期における女性ホルモンの高まりや、それに伴う体内の糖やエネルギーの使い方の変化に対応しようとする、体の自然な反応だといえます。
出典:「『生理の貧困』が女性の心身の健康等に及ぼす影響に関する調査」単純集計結果」(厚生労働省)」
(https://www.mhlw.go.jp/content/10904750/001181265.pdf)(2026年4月10日に利用)
生理前の食欲増加が毎月のように繰り返され、気分や日常生活に影響が出ている場合は、PMS(月経前症候群)の症状の1つかもしれません。PMS(Premenstrual Syndrome)とは、生理前にあらわれる心と体の不調の総称です。一般には生理開始の3〜10日ほど前から症状が出はじめ、生理が始まると自然に軽快・消失することが特徴です。
症状の出方や程度には個人差が大きく、精神面ではイライラや気分の落ち込み、不安、集中力の低下、眠気・不眠などが見られます。身体面ではむくみや乳房のハリ、腹部のハリ、頭痛・腰痛、便秘、だるさなどが代表的な症状です。食欲の変化や偏食・過食も、こうした変化と同時期に生じる場合があり、日本産科婦人科学会などの定義においても、食欲の変化はPMSの身体的症状の1つとして明記されています。
また、PMSの中でも精神症状が強く、食欲の変化が、抑うつや不安、対人関係の摩擦、欠勤・欠席を引き起こすなど、日常生活に大きな支障が出ている場合には「PMDD(月経前不快気分障害)」として診断されることがあり、専門的な治療が必要になります。症状がつらいときは、早めに医療機関を受診し、医師に相談しましょう。
生理前に食欲が抑えられないと感じたときは、まず生理周期と症状の関係を「見える化」することです。PMSの特徴は、症状が毎月同じ時期にあらわれ、生理が始まると症状が軽快するという周期性にあります。
手帳や体調管理アプリなどに、食欲の強さ、食べたくなるものの傾向、睡眠の質、ストレスの有無、生理開始日を一定期間記録しておくと、いつ頃から強くなるのか、どのような要因が重なると悪化しやすいのかがわかりやすくなります。「来週あたりから食欲が増す時期がくる」と予測できれば、一時的に食欲が増して食べすぎたとしても、焦りや自己嫌悪を軽減できます。また、婦人科などの医療機関を受診する際にも、重要な情報になります。
食事面では、1日3食を規則正しく摂取し、栄養バランスを整えることが大切です。食後に血糖値が上がりやすい精製糖を避け、玄米や全粒粉パンなど食物繊維の多い複合炭水化物や野菜類、タンパク質、カルシウム、亜鉛、マグネシウム、ビタミンB6などを多く含む食品を意識してとりましょう。
過度な食事制限や無理なダイエットは、その反動で食欲の暴走を招きやすくなるだけでなく、鉄欠乏などの栄養不足を引き起こす原因にもなるため注意してください。実際、生理のある18~49歳の女性は1日に10.0~10.5mgの鉄摂取が推奨されています。鉄分が不足すると、だるさや疲れやすさといった不調につながりやすいため、健やかな状態を保つには、赤身の肉や魚、ほうれん草といった鉄分を豊富に含む食材を積極的に取り入れましょう。その際、鉄の吸収を助けるビタミンCが含まれる果物などを組み合わせることで、より効率的に栄養摂取ができます。また、アルコールの摂取や喫煙は控えましょう。
日常生活を見直しても、PMSの症状が改善しない場合は、市販の漢方薬を使用するのもよいでしょう。漢方薬のなかにはPMSのような女性特有の不調に効果が期待できるものがあります。
漢方医学では、様々な症状は「気・血・水」のバランスが崩れることで起こると考えられています。体と精神の活動に必要なエネルギーである「気」、体をめぐり、栄養や老廃物を運ぶ血液である「血」、不要なものを排出する体内の水分である「水」のことを指します。漢方薬が「気・血・水」のバランスを整えることで、様々な症状にアプローチします。
漢方薬による治療では、食欲だけに注目するのではなく、体質そのものの改善を目指す「本治」というアプローチによって、それに随伴する症状の改善を目指します。
PMSによる食欲増加の根本的な原因としては、生理前のホルモンバランスの変化が関わっていることから、このバランスを整えるため、加味逍遙散(かみしょうようさん)、当帰芍薬散(とうきしゃくやくさん)、桂枝茯苓丸(けいしぶくりょうがん)の3種類の漢方薬がよく用いられています。
表:PMSに広く用いられる漢方薬
| 加味逍遙散 (かみしょうようさん) |
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|---|---|
| 当帰芍薬散 (とうきしゃくやくさん) |
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| 桂枝茯苓丸 (けいしぶくりょうがん) |
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漢方薬を効果的に使うためには、自分の体質や状態に合わせて選ぶことが大切です。医師または漢方薬剤師などの専門家に相談して、今の自分に合った漢方薬を選びましょう。ただし、これらのセルフケアを行っても症状が改善しない場合や日常生活に支障が出るほどつらい場合は、医療機関を受診しましょう。
生理前(黄体期)にプロゲステロンの分泌が高まることで、体が糖を脂肪に変換しやすくなり、強い空腹感や食欲が引き起こされると考えられています。
生理開始の3~10日ほど前から食欲が増加し、生理が始まると自然に軽快・消失することが多いです。これはPMS(月経前症候群)の特徴的なパターンで、毎月同じ時期に症状が繰り返されます。手帳や体調管理アプリで生理開始日や食欲の強さを記録しておくと、あらかじめ症状の時期を予測でき、婦人科などの医療機関を受診する際にも重要な情報になります。
1日3食を規則正しく摂り、血糖値を安定させる食品を意識して選ぶことが大切です。
生理前に食欲がコントロールできなくなるのは、体がホルモンの変化に対応しようとしている証拠です。この時期の自分を否定するのではなく、「今は一時的にエネルギーを求めている時期なんだな」と、柔軟に受け入れることが大切です。その見通しと余裕が、結果として過食などの反動を最小限に抑えることにつながります。
無理に食欲を抑え込もうとせずに、生理周期を「見える化」する習慣で自分のリズムをつかむ、血糖値や栄養素を意識した食事のとり方に取り組む、漢方薬によるセルフケアを取り入れるなどの工夫で波を穏やかにすることができます。もし、生活に支障をきたすほどの過食や、食後の激しい落ち込みが続くときは、早めに医療機関を受診しましょう。
「つらい生理痛や生理不順の原因は?症状と和らげる方法」「PMS(月経前症候群)」に関して
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